摘翠園 島本株式会社の沿革
文政元年(1818年)
四代目島本徳次郎 宇治茶問屋及米穀商を引き継ぐ。
慶応3年(1868年)
六代目徳次郎(慶徳)山城五人組を称して宇治茶の海外交易を行う。
明治24年(1892年)
山城の発展を目指し、山城起業銀行を買収、島本銀行を創設し、 長男徳次郎(慶徳)頭取に就任する。次男熊次郎茶業を継承する。
(現在の摘翠園島本株式会社の始まり)
昭和8年(1933年)
二代目熊次郎中国、満州との交易を通じて羽毛布団の存在を知り その将来性に着目、羽毛布団製造方法の研究を行う。
昭和24年(1949年)
羽毛布団の製法確立と販売のみとおしを立て、島本株式会社設立し 島本英之助初代代表取締役に就任する。
昭和46年(1971年)
島本英之助から引継ぎ島本峯子代表取締役に就任する。
昭和48年(1973年)
化学技術顧問 中川悟孝氏の参加を得て、羽毛の洗浄、乾燥、縫製、 並びにキルト等 羽毛布団の科学的な研究と改善に取り組む。
昭和50年(1975年)
羽毛精製、がわ縫製、羽毛の投入及び仕上げに至る羽毛布団製造の 一貫体制が確立する。
昭和57年(1982年)
業容の拡大とともに新工場落成し、研究、開発、検査体制が確立する。
平成元年(1989年)
東洋紡績株式会社のご指導のもとに、羽毛のフレスコール(抗菌、防臭) 加工を国内で初めて成功し、販売する。
平成17年(2005年)
国立京都迎賓館へ、フレスコール、カテキン加工の羽毛寝具一式を 納入の栄に浴する。
平成 21年(2009年)
島本峯子から引継ぎ島本憲司代表取締役に就任する。